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大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)1119号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 谷旭

被控訴人 林泰作

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

当裁判所も、被控訴人の本訴請求は原審認容の限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものとする。その理由は原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

附言するに、〈証拠省略〉によれば、大阪地方裁判所執行官の実務において、執行官に有体動産の保管を命ずるとの仮処分の執行にあたり、執行官が仮処分物件を第三者に保管させた場合、執行官は、保管人、保管場所については債権者の斡旋によることが多いが、保管人の信頼性、保管場所の適否を調査し、保管人に対しては間違いなく保管していただきたい、執行官の指示なく他人に渡してはいけない旨を告げたうえ保管人から保管請書を徴していること、執行官は、保管期間が長期にわたるとき(最近その期間は三か月位との申し合せをしている)仮処分の目的達成のため必要と認めるとき、職権で仮処分物件を点検する。その際、予納金が不足しているときは追予納を命じ、予納されないときは申立を却下して執行を解除することとしていることが認められ、右認定事実に照らしても、原判決が仮処分物件を第三者に保管きせた場合における執行官の職務上の注意義務について説示するところは、正当である。

よつて、本件控訴は理由がないこととなるのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木敏夫 三好徳郎 鐘尾彰文)

【参考】第一審判決(大阪地裁 昭和四四年(ワ)第六二七七昭和四八年六月一五日判決)

主文

一 被告らは各自原告に対し、金六一六、九〇〇円およびこれに対する昭和四四年一一月二〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一 本件機械の所有関係

〈証拠省略〉を総合すると、本件機械は矢追庸吉が大一新淀機械株式会社から買入れ使用していたもので、矢追は昭和四二年九月頃被告春松に対する金五〇〇万円の債務の担保として本件機械を同被告に信託的譲渡していたところ、その後大一新淀が矢追の代金不払を理由にいつたん本件機械を引揚げ持ち去つたが、被告春松が大一新淀に代金一二一万円を支払つて本件機械を取戻し、その所有権を確保したこと、ところが昭和四三年になつて、神戸龍堆なる者が本件機械を無断で持ち去り、東大阪市の欄鉄工所に売り、欄は同市の機械商大動機械こと七里武雄に売つたこと、原告は同市で金型製造を営んでいたものであるが、右大動機械の店頭に陳列されていた本件機械を見出し、自己の営業の用に供するため、昭和四三年二月二四日頃大動機械からこれを付属品の倣装置とともに時価相応の金一四〇万円で買受け占有を取得するに至つたことが認められる。

右の事実によれば、本件機械は被告春松の所有であつたのに、これが盗まれ二、三の者のところを転々とした後、原告が機械商の大動機械からこれを買入れたのであつて、かりに原告の前主大動機械が無権利者であつたとしても、原告において本件機械の占有取得にあたり前主が無権利者であることを知つていたとか、知らなかつたことにつき過失があつたと認むべき証拠はない(〈証拠省略〉によれば、原告は本件機械を取得した直後に、これを下取りに出して新規に別の機械を購入する交渉を進めようとしていたことが窺われるけれども、これはより新しい型の機械と取替えられるものならば取替えたいとの意向にもとづくものであり、それは実現しないまま、原告は後述の仮処分執行を受けるまでわずかの期間ながら本件機械を現実に使用していたことが認められ、右の下取り交渉の事実から原告の悪意を推認することはできない)。したがつて原告は本件機械につき少なくとも即時取得によりその所有権を取得したものというべきである。

二 本件機械紛失までの経過

請求原因3(仮処分決定とその執行)と同4(仮処分取消)の事実、同5のうち、被告春松が昭和四三年四月一七日本件機械の保管替の上申をした事実、ならびに同6のうち、その後に本件機械がなくなつた事実は、当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉を総合すると、つぎの事実が認められる。

1 本件機械の仮処分の執行において保管場所が東扇町モータープールとされたのは、債権者である被告春松側の申出によつたものであり、西川執行官は本件機械を原告方から右モータープール(経営者吉田金重郎)に運んだうえ、同所の従業員川居卯市に対し、本件機械が仮処分物件であることを告げて保管を委託し、指示あるまで善良な注意をもつて預る旨の吉田金重郎および相良(河田)耕一名義の受託書を徴した。

なお、この保管については、表向きは無償となつていたが、実際には被告春松と右モータープールとの間で被告春松が一か月金九〇〇〇円の保管料を支払う約束になつていた。

2 被告春松は、この保管料の支払が重い負担であり、しかも右モータープールからは本件機械を早く引取るよう求められていたので、知り合いの株式会社三田商会(大阪市大淀区大淀町中五丁目一〇番地)の倉庫に預け直したいと考え、昭和四三年四月一七日仮処分事件の代理人であつた平山芳明弁護士を通じて執行官宛に書面をもつて保管替の上申をし、大阪地方裁判所執行官室では事務員の吉田和子が右上申書を受付け、これに同日付の受理印を押捺したが、いかなる事由によつてかこの上申書が担当の西川執行官の手許に回らず、記録に編綴された状態で放置された。

3 ところが被告春松の側においては、上申書が受理されたことにより当然に保管替を許可されたものと即断し、被告春松は同月一九日頃三田商会の従業員に依頼して本件機械を右モータープールから運び出させた。しかし、当時被告春松は本件機械が果して三田商会の倉庫に搬入されたかどうかを確認していない。他方、執行官の側においても、仮処分執行後本件機械につき一度も点検その他保管状況確認のための措置をとることなく経過した。

4 その後仮処分取消判決を得た原告がこれにもとづき本件機械の引渡を申立て、昭和四四年九月五日大阪地方裁判所執行官二反田正三が三田商会の倉庫に赴いたところ、三田商会は倒産して閉鎖されており(この事実は被告国は争わない)ここにおいてはじめて本件機械の紛失が判明した。

以上の事実を認めることができる。

三 被告春松の責任

仮処分により執行官保管に付され執行官が第三者を占有機関(保管人)として保管している物件については、仮処分債権者であると債務者であるとを問わず、執行官の保管を侵害する行為に出ることは許されず、その保管替の必要がある場合にも、執行官が直接にこれを行なうべきであり、債権者が執行官の許可を得て自ら物件の移動をするというものではない。

しかるに被告春松は、保管替の上申書が執行官室の事務員により受理されたことをもつて直ちに自らが保管替を実行しうるに至つたものと即断し、三田商会の従業員をして本件機械を保管場所かけ搬出せしめ、以後その者の所為により本件機械の所在が不明となる事態を招来させ、原告の所有権を失わせたのであるから、同被告は原告に対し、民法七一五条により損害賠償責任を負うものといわなければならない。

四 被告国の責任

仮処分決定において執行官に物の保管の事務を取り扱わせることとしている場合に、執行官が仮処分物件の性質に応じ適宜第三者を選んでこの者に現実の保管を委ねることは、その裁量により可能であるが、それは執行官自らがする占有の一手段にほかならないのであつて、その場合でも執行官は執行終了までの間に当該物件が滅失毀損するなどして仮処分債権者あるいは債務者に損害を及ぼすことのないよう措置する必要があることはいうまでもない。したがつて執行官は、第三者を保管人として仮処分物件の保管をさせる場合には、その保管人の信頼性、保管物所の適否等を調査することはもちろん、執行官の占有にかかることを明白に表示し、執行官の指示があるまで善良な管理者の注意をもつて保管を継続すべき旨、および異常のあるときは直ちに執行官に報告すべき旨を命じ、かつ、執行債権者や債務者の申立の有無にかかわらず、必要があれば仮処分物件を点検するなど、当該物件が滅失毀損することなく適当な状態で保管されるよう適時適当の方法で監視注意する義務がある。

本件においては、前認定のように、西川執行官は保管場所として選んだ東扇町モータープールにおいて、従業員の川居卯市に対し、保管を委託する本件機械が仮処分物件であることを告げ、公示書を付け、同人から受託書を徴してはいるけども、〈証拠省略〉から看取されるように、右川居も経営者の吉田も本件機械が仮処分物件であることの意味を十分理解せず、これについていかなる管理をすべきかの具体的認識に乏しかつたものの如くであつて、仮処分債権者である被告春松に対して本件機械の引取り方を要請し、執行宮には何の断りもなく卒然と三田商会にこれを引渡してしまつている経緯に照らせば、西川執行官において(保管人の選任が不適当であつたとはいわないまでも)、保管人に対し保管上必要な注意を与えるについて遺漏があり、単に受託書を徴することで足れりとし、それ以上の十分な配慮に欠けていたものと推認せざるをえない。

しかもその後被告春松から保管替の上申書が提出された際、これが何故にか執行官の手許に届かず、その事務を補助する事務員のもとに停滞したまま無為に放置されるという事務処理上の手落ちがあり、これがため執行官の手によらないで保管替が実行されるという異常な事態が生じ、かつ仮処分執行の着手から本件機械紛失が発覚するまでの約一年半の間、執行官はただの一度も仮処分物件を点検し、あるいは保管人に連絡するなどして保管状況を確かめることなく推移したのであつて、かかる状況のもとでは執行官として仮処分物件保管上用いるべき注意義務をつくしたとはいいがたく、職務遂行上過失があつたものといわなければならない。

そして、同執行官において右に指摘した職務上の注意をつくしていたならば、本件機械が紛失することはなかつたはずであり、上記認定の事実関係のもとにおいては、同執行官の右過失と本件機械紛失との間に相当因果関係があると解すべきである。もちろん本件機械紛失の主たる原因が被告春松側の行為にあることは明らかであるけれども、そのような事態の発生を防ぐべき職務上の注意を欠いた執行官の過失もまた損害発生の一つの原因をなしていることは疑いがなく、相当因果関係を否定するわけにはいかない。

五 損害

鑑定人杉山宜隆の鑑定の結果によれば、本件機械の紛失が判明し引渡が不能となつた昭和四四年九月五日当時におけるその時価は、金六一六、九〇〇円であると認められる。原告は、本件機械の付属品である倣装置は本件機械と合して一つの経済的機能を発揮するもので独立の経済的価値がないから、これをあわせて損害額の算定をすべきであると主張するが、右鑑定においてはそれぞれに独立に評価を与えており、倣装置が独立の経済的価値を有しないとは証拠上未だ認めがたく、これをあわせて損害を算定すべきものとする根拠が薄弱であるので、原告の右主張は採用できない。

したがつて原告の蒙つた損害の額は金六一六、九〇〇円である。

六 結論

よつて原告の本訴請求は、被告らに対し各自金六一六、九〇〇円とこれに対する不法行為の後の日である昭和四四年一一月二〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を1適用し、なお仮執行宣言は相当でないと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井正雄)

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